「薬屋のひとりごと」は、ライトノベル作家・日向夏さんが書いた中華風ファンタジーで、漫画版も二種類出ており、アニメ化もされています。累計発行部数は4500万部を超えています。そのくらい読まれている作品です。
「後宮もの」「恋愛もの」のような棚に並んでいることがありますが、読んでみると印象が違います。これは謎解き小説です。毒と薬の知識を持つ少女が、後宮で起きる事件を推理によって解決していく。その繰り返しが気持ちいい。
一巻から説明します。
主人公・猫猫という存在
主人公の名前は猫猫(マオマオ)です。花街で薬師の養父・羅門のもとに育った少女で、毒と薬に関しては人並外れた知識があります。「毒が好き」と言い切れる数少ない人間です。
物語は、その猫猫が人買いに連れ去られ、後宮に下女として売られるところから始まります。
普通の主人公なら嘆くところです。しかし猫猫の内心は違う。後宮は薬草や珍しい材料が手に入る場所として認識されています。連れてこられた不満より「これは使える」という計算の方が先に立つ。
この人は根本的に合理的すぎるのです。
合理的すぎる人間は他人からは冷たく見えますが、実際には損得より「面白いかどうか」で動いていることが多い。猫猫はまさにそのタイプで、謎が目の前にあると放っておけない。損をしてでも首を突っ込む。
一巻の核心的な謎:なぜ皇帝の子が育たないのか
後宮で起きている大きな問題は、皇帝の子が次々と病弱になる、あるいは亡くなるというものです。
皇帝の後継者が育たないというのは、宮廷全体にとって由々しき事態です。呪いや祟りという噂が飛び交っています。
しかし猫猫は違う視点で見ます。
妃たちが日常的に使っている白粉(おしろい)が目に入ります。当時の白粉の原料には鉛が含まれていました。鉛は毒で、日常的に使えば体内に蓄積されます。妊娠中であれば胎児への影響は深刻です。
当時の人々に「おしろいが毒」という発想はなかったでしょう。当たり前に使われているものを疑うのは難しい。しかし猫猫には薬師として育った知識があった。それが目を開かせました。
猫猫は自分の立場が「下女」であることを理解しているので、直接妃に申し出ることはしません。その代わりに匿名の文を書いて妃に届けます。正体を隠して、危険を知らせる。
現代でいえば内部告発に近い行動です。リスクを最小化しながら必要な情報を届ける。合理的です。
壬氏との出会い
この文に気づいたのが壬氏(ジンシ)です。
壬氏は後宮を管理する宦官です。宦官とは去勢された男性官僚のことですが、壬氏の容貌は後宮中の女性を気絶させかねないレベルで美しい。「なぜこの人がこうなのか」という根源的な疑問を抱かせる存在です。
壬氏は匿名文の書き手を探し出し、猫猫を下女から寵妃・玉葉妃(ぎょくようひ)付きの侍女に引き上げます。そして以後、後宮で起きる謎に猫猫を投入するようになります。
猫猫は基本的に迷惑がっています。
自分は薬草が欲しいだけで、複雑な権力争いに巻き込まれたいわけではない。しかし謎が出てくれば首を突っ込む。迷惑がりながら解決する。これが一巻のリズムです。
壬氏が猫猫の美貌に反応しないことを不思議に思っている場面があります。後宮の女性全員が動揺するのに、猫猫だけが「面倒くさそうな顔」をしている。壬氏にとっては初めての経験かもしれません。
梨花妃のエピソード
一巻では白粉の謎と並行して、梨花妃(リーファひ)のエピソードも描かれます。
梨花妃はかつて皇帝に強く寵愛されていましたが、最近はその愛情が薄れています。理由がわからない。
猫猫が調べた結果、原因は食事量の増加と運動不足による体型の変化でした。寵愛が減ったストレスで食べる量が増え、さらに動かなくなり、その結果また寵愛が減る悪循環です。
猫猫はこれを「感情の問題」ではなく「構造的な問題」として処理します。原因が特定できれば、解決の道筋も見える。感情的に引っ張られずに問題の本質を見る。これが猫猫という人間の一番の武器です。
梨花妃はこれで救われます。
一巻で起きたこと
猫猫は一巻の終わりで後宮を解雇されます。任期が終わったためです。
しかし壬氏が猫猫を買い戻します。
「解雇されたのに買い戻された」というのは、組織論的に言えば「辞表を出したら引き止められた」に近い状況です。本人の意思は聞かれていない。猫猫は迷惑がっています。
しかしこれが続巻への引きになります。壬氏が猫猫に何を見ているのか。猫猫は壬氏の何に引っかかっているのか。「利害が一致しているだけ」では説明のつかない何かが、一巻の段階からすでに始まっています。
まとめ
小説版一巻のネタバレをまとめると、以下のとおりです。
- 花街育ちの薬師・猫猫が後宮に下女として売られる
- 皇帝の子が次々育たない謎を、白粉の鉛中毒と見抜き匿名で警告する
- 宦官・壬氏の目にとまり、侍女に引き上げられる
- 梨花妃の「寵愛が失われた理由」も解決する
- 解雇されるが壬氏に買い戻され、続巻へ
「毒が好きな少女が後宮で謎を解く」というだけの設定ですが、読んでみると猫猫というキャラクターに引っ張られてどんどん読んでしまいます。一巻で切りがいいと作者も言っていますが、読み終わると続きが気になります。それが一番の証拠です。
